関門海峡

上野発の夜行列車、降りた時から
青森駅は雪の中~
誰でも知ってる石川さゆりが唄った「津軽海峡冬景色」の出だしです。
で、北が津軽海峡ならば、南は「関門海峡」となります。
ところが、どうして「関門海峡」では、唄にならないのでしょうか、思い出す唄がありません。
3男が帰ってきた日曜日、ドライブで関門海峡を目指しました。
関門海峡は本州と九州を隔てる海峡ですが、幅は670メートルだそうで、大きな声ならば届きそうな距離感です。

有史以来の交通の要所であり、大陸の文化が国内を東へ伝わっていった歴史的海峡です。
逆に、菅原道真は大宰府に流されたとき、この海峡を東から越えてきたでしょう。
平家と源氏の壇ノ浦合戦、武蔵と小次郎の巌流島、長州と英米の下関戦争、戦後は大陸からの引揚線船興安丸、そして今でも関釜フェリー、どこか演歌の雰囲気ではないのでしょうか。
この海峡を通るのは、橋が1つに、トンネルが3本、(鉄道が2本、国道(人道も含む)が1つ)となっています。
◆関門鉄道トンネル
 東海道本線、山陽本線、そして鹿児島本線、日豊本線が一本のレールで結ばれたのは、1939年。
昭和14年、なんと、第二次世界大戦前なのです。筑豊で掘られた石炭を、関西、関東の工業地帯に鉄道で運んだ  のでしょう。今、エネルギーは原子力・石炭・天然ガス・風力・潮力・地熱・・太陽とさまざまに進化しています  が、「黒いダイヤ」と言われた石炭全盛の頃は、今の僕たちには「想像」の世界でしかありません。
◆関門国道トンネル
 掘り始めたのは1939年(昭和14年)で、戦争で中断し、戦後1958年(昭和33年)に完成。
 子供の頃、人道を歩いて門司港から下関に渡った記憶があります。
◆新関門鉄道トンネル
 山陽新幹線が博多まで開通したのに合わせて、1975年(昭和50年)に開通。 ◆関門橋  高速道路専用として1973年(昭和48年)に開通。
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九州道めかりPからの関門海峡の眺めです。潮流の早いことで有名ですが、大小さまざまな船が、狭い海峡を行きかうのを眺めていると、時間のたつのを忘れてしまいます。


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下関の海峡に面した「唐戸市場」を覗いてみました。日曜日の昼過ぎで、観光客相手のお店は営業をしていました。海産物は、「さざえ」「あわび」「ふぐの皮」「ひれ酒用のふぐのひれ」そして「にぎり寿司」です。
突然、大きな声で、「今からすし全部半額!」と一斉に大きな声での呼び込みが始まり、それはそれは賑やかな市場です。僕達も、寿司とふぐのから揚げ、鯨のから揚げを食べた、旅気分のランチでした。
唐戸市場の遊歩道から、関門橋を望んで、又違った風景です。

湯布院大分川御幸橋

CIMG1199.jpg 日曜日天気よし、サクラも見頃、でドライブへ。
チューバッカーも尻尾を思いっきり振ってうれしそう。ガソリンを入れながら、どこいこうかな?と家人と相談して、目的地は湯布院の亀の井別館に決定。
九州道鳥栖から大分道に入って湯布院ICをでて、ナビゲーションにしたがって目的地へ。途中でみつけたのが、写真のポイントです。
クルマを運転しながら、「スゴイ!」と思い、通り過ぎて戻って、駐車場を探し、結局はハザードランプをつけて路上駐車して、しばしこのすばらしい景色を楽しみました。
大分川にかかる御幸橋のたもとから由布岳をみたものです。川の両岸には”まっ黄色の菜の花の絨毯”、”土手のサクラはこれも満開”でした。この絶景のポイントにちょうど絵を描いている人がいました。この大分川を上流にいったところに、目指す「亀の井別館」や「玉の湯」があります。
目的地湯布院温泉街の中心部は、春休みと日曜日が重なって、大型バスと自家用車で渋滞し、狭い車道には”冬衣装”の人であふれていました。よーく、観察していると、韓国と中国からの観光客も結構混じっているようで、原宿の竹下通り、鎌倉の小町通り、軽井沢の旧軽銀座のような賑わいで、驚いてしまい、そうそうに退散してきました。
帰宅して、大分川御幸橋を検索したところ、ありました!!
発見、川沿い散歩です。湯布院の隠れた魅力に一つとして、四季楽しめる穴場と思います。来年もまた、行ってみようかな。

山瀬の狐狸庵

晴天の3連休初日、家人とチューと、秋を狩に西へ向かった。
目的地は、前回ドライブで営業時間に間に合えず、ご主人と再訪を約束していた、山瀬の「狐狸庵」です。カーナビに電話番号を入れると「狐狸庵付近」として表示されるのですが、前回ご主人から説明を受けた手書きの地図をたよりに、二丈浜玉町から山中へ分け入ります。途中、台風の影響なのか、がけ崩れや、樹木が道路に散乱し、安全運転をこころがけて目的地へ。自宅からは約1時間の行程です。
狐狸庵の紹介は家人がブログで紹介するでしょうから、省略。
今日は、僕が撮ったた「2009年秋」を紹介します。

                すすき狐狸庵
                駐車場からの眺め、「すすき原」のむこうに狐狸庵。
                写真右手に車道と渓流。小川の水音、ふきぬける
                さわやかな風。

                ミゾソバ
                野草を眺め、渓流に魚を探しながら、狐狸庵へ。
                草花に「外来種」がないことに感心。
                これはタデ科の「ミゾソバ」の群生です。
                帰宅して、Webで検索し名前を確認しました。
                この「ミゾソバ」に似ていて、茎にとげがあるのが同じ
                タデ科の「ママコノシリヌグイ」だそうです。
                何度も見かけたことがありますが、Webをありがたいと
                思うのは、何故ママコノシリヌグイ」という正式名称なのか、
                興味あればすぐに調べるjことができます。
                ちなみに、似たような名前に「ヘソカズラ」「クソニンジン」
                「オオイヌノフグリ」、どれも漢字名もありmっすが、ちょっと
                物知りになった気分です。



                 青大将
                小川にヤマメか小魚、沢ガニがいないか、注意深く観察
                していたら、土手のすぐ下の岩の上に、とぐろを巻いた
                青大将を発見。カメラを構えて近づいても動かず、少なく
                弱くなった日照 から、温かさと熱を一生懸命に吸収して
                いるようでした。
                青大将とシマヘビ、見ているだけでは見分けがつきにく
                いですが、きっと青大将だったと思います。
                ブルーの目が印象的でした。

                山瀬分校
                狐狸庵のご主人が教えてくれた「山瀬分校全景」。
                狐狸庵のご主人が購入されて、次なる使い方を考
                えているそうです。
                かって、ここに子供達が学び、沢山の思い出がある。
                一瞬のノスタルジック、聞こえるのは木々をわたる風と、
                時々の鳥の鳴き声。ポエテイックな時間。
                耳を澄ますと、遠くからのせせらぎの水音、いい時間
                をいただきました。

                山瀬窯
                先人はどうしてこんな山奥に住んだのか?
                今では舗装された道路でクルマで往来できますが、
                 かってはどうしていたのでしょう。
                疑問は狐狸庵の主人からの説明で、ある程度は
                納得しました。要するに、日本全国にある「平家の
                落人集落」と、同じような境遇で、ひっそりと移り住
                んできたようです。山瀬の特色は、朝鮮からの陶工
                がいて、幻の「山瀬窯」があったそうです。
                山中の車道の脇に、立派な2本の大きな大理石の
                石柱、その奥が現在の「山瀬窯」です。
                クルマを停めて、「こんにちは、どなたかいらっしゃ
                いませんか?」
                パバロの大声も木々に消えて、留守の様子。
                失礼とは思いましたが、庭から眺めさせていただ
                きました。
                山の斜面を利用した「登り窯風の建物」「作品展示
                場」「迎賓館」風の建造物、どれも歴史と趣がありま
                した。
                帰宅してWebで検索したのが山瀬窯です。
                次回は主の田中さんにお会いしたいと思っています。

         ヤマカガシ2
                誰もいない山瀬窯、出会ったのは「ヤマカガシ」です。
                1日に蛇に2度出会うのは、何年ぶりのことでしょうか。
                青大将とちがって、身体全体でお日様にあたっています。
                写真からは移動中に見えますが、この姿勢のまま、ジーと
                していました。
                ちょっと、首を持ち上げ、警戒している様子から、シマヘビ
                でなく、ヤマカガシだと推察できます。
                一般的には、赤い色が入っていることが多いですが、
                西日本では赤が脱色している種もいるそうです。
                毒は持っていないようですが、噛まれることがあるとか。
                主不在の山瀬窯で、一人留守番して守り神のように、
                思えてきました。




                山瀬展望
                山瀬からの帰路、展望台からの眺め、正面が玄界灘、
                手前に「虹の松原」左手が唐津、名護屋城址、右方向
                が博多方面です。
                見下ろす平野を「秀吉」「光秀」「茶々」たち戦国武将が
                通ったことはまちがいありません。
                隠れ里の頃、住んでいる人はどういう気持ちで下界を
                眺めていたのでしょう。

                みかん

                キーウィ

                秋はやっぱり、「実りの秋」。果物も美味しい季節。
                山瀬から里へ降りて、浜玉町へ。
                途中道路わきの、「みかん」と「キーウィ」畑で、秋撮った。



里見庵・名護屋城址・いろは温泉

前日からの天気予報は、晴れ。絶好のドライブ日和。
わがまま一人息子「チューバッカー」を同伴して、長距離ドライブで西へ向かった。
スタートは10時過ぎ、ガソリンを満タンにして西九州自動車道で唐津方面へ。
目的地は
1:昼食に唐津の手打ちそば「里味庵」へ
2:名護屋城址見学
3:玄海町から東松浦半島をドライブして「いろは国民宿舎」の温泉
4:帰路に唐津の手打ちそば「狐狸庵」へ

 絶品「里見庵のそばがき 
唐津へ向かう「二丈浜玉有料道路」を過ぎて、230号線で左折し、玉島川に沿っって上流(南方)へ、山中へ入っいきます。
江戸時代創業で、川魚、とくにツガニ料理で有名な老舗料亭「飴源」を通り、七山温泉を経て、よく拓けた南斜面の集落に目的地「里見庵はありました。急さかの路上にクルマを駐車、テクテクと50メートルほど下ったところが最初の目的地「里味庵」です。
農家の庭先に入っていく雰囲気ですが、手書きの看板も掲示されています。
ご主人の市丸栄一さんは、そばの本場長野で修行したそうです。今まで関西・東京・長野・山梨ほかで、そばの食べ歩きをしてきましたが、、そば本来の「十割」「野性味」「打つ人の人柄」では、僕にとってはNO1のお店と言いたい。
南斜面で日当たりもよく、「チューバッカー」も連れていたので、軒先で「もりとそばがきのセット」をいただいきました。もりも、太さの違う2種類を作ってくれて、気さくに話しかけてくれ、引いたばかりのそば粉も見せていただいたが、ここの「そばがき」は今まで出一番!と言ってもいいくらい素晴らしかった。
残念なのは、クルマであったために、お酒をいただけなかったことだが、市丸さんから「鍋も食べにきてよ。」と声をかけてもらい。もう少し寒くなったら、是非鍋を食べに再訪したいと思う。海も近いし、山里なので猪鍋とか、野鳥料理が食べれるのではないかと、年内に必ず再訪したい。

              味見庵①
              里見庵への入り口、どこにでもありそうな農家のたたずまい。
              市丸さんによると、僕たちが着いたのが11時半頃でしたが、
              既に30人位のお客がきたそうで、今日は100人位になるのでは、
              ということでした。そばはお客の注文を受けてから、打つとのこと。
              客単価1000円として、100人のお客。現金収入10万円!
              このあたりでは「大当たりビジネス」と、感心してしまいました。


              味見庵②
              玄関横の看板。年中無休でよる9時頃まで営業しているそうです。
              玄関内に「掲示していた佐賀新聞の記事では、「そば打ち教室」も
              開催しているとのこと。

              味見庵③
              「そばがきセット1500円」で、でてきた2種類のそば。
              太そば、と細そばでしたが、僕は太そばのほうが気に入りました。
              だしはかつお味がよく効いていて、無添加だそうですし、醤油もオリ
              ジナルで特注して作っているそうで、やっぱ「そば」はこだわりでっせ。


               味見庵④
               初めてで一番感激した「そばがき」。
               市村さんと話しをしていて、「麺」でなく「そば」だという言い方をしきりに
               されました。なるほど、そばの本来のよさは「十割」だし、「そばがき」
               の「がき」はかき回すという意味からで、東京で食べる洗練されたそば
               が、急に魅力的でなくなってしまった。


              味見庵⑤
               里見庵の縁側からの景色です。写真の左方向が唐津、
               右方面が山を超えて佐賀です。
               庭先には、そばの芽がでていて、おひたしにするとおいしいそうです。
               白い花をつけたそばの株が10株くらい、自然に育っていました。
               人工的な音の一切ない、のどかな初秋のひとときでした。


 名護屋城址 
一昨年の11月の連休に、初めてのドライブで唐津に行きました。
運悪く(笑)、唐津くんちの最中で市街に入れず、やむなく行ったのが名護屋城址でした。
目的外の見学と、初めてで時間的余裕もないまま、もう一度訪れて、ゆっくりと城址を歩いてみようと思っていました。今回は本丸の跡地まで歩いて、「昔のひと時の栄華」に思いをはせてみたいと考えていました。
最初に驚いたのは、名護屋に布陣した戦国大名、武将の顔ぶれです。北は青森の津軽、仙台の伊達、越後の上杉、長野の真田、家康、石田三成、大野治長、前田、とにかく戦国武将のオンパレードです。しかも秀吉の朝鮮出兵1592年から1598年にかけての10年ぐらいの出来事です。
短期間での築城と、はるか都、(博多からでも遠いですよ)からの距離を考えると、権力の大きさと、実行力にただただ敬服するばかりです。 スゴイ!!

               名護屋城①
               大手口の案内板。城は五層七重の天守閣や、櫓、書院
               数奇屋、櫓門など規模は大阪城と並び賞されたという話です。

               名護屋城②
               城址から唐津市街、呼子方面の眺め、大名の陣地が区割りされて
               一大城砦地域となっていたそうです。

               名護屋城⑤
                本丸天守閣跡地の石碑から玄界灘を望む

               名護屋城⑥
本丸跡地広場から西北を望むと、はるか洋上に壱岐が見えた。
                壱岐のさらに西北奥に、対馬の山並みがうっすらと視認できます。
                名護屋から島伝いに行けば、朝鮮半島までは、そんなに遠く
                感じない。

                名護屋城⑦
子供の頃、加藤清正トラ退治は、秀吉の「朝鮮征伐」の時、
                と教えられ、覚えた記憶があります。     
                「征伐」は、今は使ってはいけない単語です。侵略よりも数段に
                よくない表現です。名護屋城の案内には日本語とハングルが
                使われています。日本人の初めての海外出兵の拠点、という
                事実を認識する場所としては名護屋城址は貴重な文化財です。
                日本の歴史のなかで、秀吉がいて、家康がいて、三成もいて、
                 茶々もいた。そして、同じ方向を眺めて、はるか朝鮮を思った、
                それが実感できる場所でした。

 玄海町から,いろは温泉へ 
400年前の時代を思い描きながら、さらに西をめざした。
道路はよく整備され、右に、左に、趣のある島々と静かなうち海が続いた。
と、突然現代の最先端、九電玄海原子力発電所が現れます。
原発の周りには、多数の風力発電風車が廻り、「無音・無臭・無味乾燥の原発」に対して、
「俺たちは一生懸命、今、発電してまっせ!」と主張しているように見えた。
九州では、阿蘇の外輪山、鹿児島では島津カントリークラブ横など、風景になじんだ風力発電風車
が見受けられます。あと何十年かしたら、もっともっと沢山の風力発電風車が誕生していことだろう。
技術の進歩とともに、自然エネルギーの重要性を感じます。

このあたりは地図によると東松浦半島ですが、入り組んだ入り江の風景は、仙台の松島、静岡の西伊豆、三重の志摩半島あたりの景観を思い起こします。山の峠を超えると港、集落があり、又峠を越えて次の港町へ、と言う連続です。
途中で、「釣り船、いかだ渡し」の看板がありました。
関西に在住の頃、会社の先輩から「チヌのいかだ釣り」を教えてもらい、随分とはまった時期があります。いかだのチヌ釣りは和歌山、と福井の若狭で盛んで、どちらも「ダンゴ」釣りですが、和歌山では
「おからダンゴ」、若狭では「赤土ダンゴ」でした。
もっとゆっくりと時間が過ぎるようになったら、東松浦でいかだ釣りにチャレンジしてみたい。

目的の「いろは島」は、会社の同僚F君から勧められたところです。
峠を越えるとき、はるか山並みのかなたに造船所のクレーンが見え、かなり大きな町が見えます。
地図で方向を確認すると、伊万里市の方向だと推測できました。

                 棚田
                 ドライブの途中で撮影した「棚田」
                 季節と時間と天気を事前に調べて撮影したら、
                 きっといい写真がとれると思う。
                 少し荒れている休耕田を見て、なんか吹く複雑な思い。

途中、棚田で写真を撮り、目的地へ。
「花と冒険のいろは島」がキャッチフレーズですが、本当にのどかな、いいところでした。
カヌーを練習している人たち、干潮でアサリを採っている地元の方、「キャンプ場」もあって、福岡ナンバーのクルマが多く、家族でキャンプを楽しんでいました。

                  カヌー

僕たちは「チューバッカー」と一緒なので、僕だけで「国民宿舎いろは島」の温泉を体験してきました。
入力料420円、タオル150円、ナトリウムの展望温泉です。地元の方とか、キャンプの方が利用しているようです。ナトリウムなので、肌がツルツルします。しばし、ドライブの疲れを癒して、、。
あー!気持ちよかった。
                   いろは島①
                   展望大浴場からの風景と同じ風景。
                   

                   いろは島②
                   太陽が西に傾き、静かな水面にキラキラと反射。
                   時間は15:50、夕日がもっと西に傾けば、きっと
                   すばらしい景色が見れると思います。

山瀬 狐狸庵
今回の唐津方面へのドライブのきっかけは、福岡で出版されている「レストランガイド本 EPI」からでした。2年前に博多に住んで、書店の店頭で見かけて買ってきて、我が家では「レストルームの愛読書」となっています。「マチエピ」という福岡市内の特集版であったり、「郊外レストラン」特集であったり、大変に便利で重宝しています。
その「郊外レストラン特集」で紹介されていたのが、「狐狸庵」であり午前中に訪ねた「里味庵」です。
狐狸庵の本文、出だしは。「本当にたどり着けるの?」とありますが、これは、真実をうまく表現しています。夕方ですが、日差しもありますが、晩秋から冬を想像すると、行きたくないのが実感です。
「それ程までに店に至る山道は細く、物寂しい。」これもEPIからの抜粋です。

で、で、、、たどり着いてみると、人の気配がまったくありません。店をやめてしまったのか、それとも
今日は休みなのか、まったくわかりません。
こんなところまででかけてきて、、それはなおでしょう。なんて、助手席の家人への物言いに思いをめぐらせていたとき、店の右手の山上のほうから一台の軽トラックが下りてきました。
どいせなら、と思い、クルマを降りて、「すみません。このお店はやめたのですか?」と問い合わせてました。答えは、「すみません。うちは五時までで、今火を落としたところです。」とのこと。
腕時計をみると、17:12になっていました。
偶然店主に声をかけることができたのです。それから、しばしお話ができました。
帰りには、自家栽培で作った「だったん枝豆」のゆでたてと、福岡への近道の詳細な地図をいただき、「狐狸庵」への再訪を誓って帰路に着きました。

                  狐狸庵
                  17:10頃到着。右手の軽自動車が店主のクルマ。
                  年内の再訪を誓う。


天気に恵まれた、博多から西へのドライブ。
走行距離は180キロでした。










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hakapaba

Author:hakapaba
◆小倉で生まれて、小学校と大学は東京。
大阪で17年、東京で17年、広告会社の営業一筋。
07年夏から博多住まい、2011年6月退社し、家人の実家の医療法人の経営を手伝い、2015年4月から年金生活へ。。自宅は福岡市の西、唐津に近い糸島市福吉。海まで3分、山も近く、水も豊か。昭和7年建築の古民家を改装して、愛犬2匹とEnjyoy Country Lifeです。

人は心を一つにできたら、想像以上の成果がでると信じています。

北風よりも太陽が好き。

■モットーは

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