30年目の初耳(JALの思い出PartⅢ)

前項で書いたJALハイジャック事件の続報です。PabaroのBlogを読んだ家人からの、30年たった初耳報告です。
JAL122便は10:30伊丹空港発(現在、1979年も同じだったかは不明ですが、昼の便であったことは覚えています)です。
ハイジャックされたことは、即座に臨時ニュースとなってマスコミに流れたと思います。家人がJALがハイジャックされたことを知ったのは、会社の上司からの電話連絡だったそうです。
「Pabaroが乗った飛行機がハイジャックされて成田空港に直陸しているようです。テレビか新聞が取材にいくかもしれないので、よろしくお願いします。」という内容だったようです。
「安否の心配」よりも「マスコミ取材対応」を優先していたようで、、、、。
で、ココからが家人からの初耳報告なのです。
家人いわく、「記者とかテレビカメラが自宅にくるならば、まずお化粧をして、アタマにカーラーをまいて、部屋をかたずけて、掃除機かけて、取材中の子供がぐずらないように焼きそば作って食べさせて、、、、」と準備万端整えて、マスコミの訪問を待っていたそうです。そうこうしているうちにテレビを観ていたら、「犯人取り押さえられ、乗客全員解放」という終結となり、結局どこからも連絡ないまま、幻の「ハイジャックされたJAL機乗客の家族取材」となってしまったとのことであります。
うーむ、なんとしたことか、行間にはひとことも「心配していた」ニュアンスがないのであります。
女性全体の傾向なのか、それとも家人の特異性なのか、それはわかりませんが、「ヤッパ女はスゴイ!」と感服しておるのでございます。
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◆小倉で生まれて、小学校と大学は東京。
大阪で17年、東京で17年、広告会社の営業一筋。
07年夏から博多住まい、2011年6月退社し、家人の実家の医療法人の経営を手伝い、2015年4月から年金生活へ。。自宅は福岡市の西、唐津に近い糸島市福吉。海まで3分、山も近く、水も豊か。昭和7年建築の古民家を改装して、愛犬2匹とEnjyoy Country Lifeです。

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