”もりそば” のしあわせ

2010年12月31日金曜日、部屋の中は静かな大晦日がすぎていきます。家人と、ソファーで寝ているチューバッカー、窓の外は粉雪と突風で大荒れの空模様です。テレビの臨時ニュースで鳥取のスキー場でなだれがあったらしく、複数が負傷している模様と告げています。
博多に戻って20数年ぶりのマンション生活だし、しかも例年ですと年賀状制作で忙しい大晦日が、今年は忌中の挨拶を11月にしてしまったことと、二人だけの正月で、買出しも最小限にしたからです。
大晦日の予定で、鎌倉のときと違ったのが、年越しそばです。
博多での年越しそばは、”もりそば”と決めています。”もりそば”とは、”ざる”、”もり”の”もり”でなく、森修一さんが自宅で打つ本格手打ちそば、つまり”もりそば”です。森修一さんは、家人の従兄弟で、定年後に室見にある純手打蕎麦の名店多め勢で、主人田口俊英さんから直接手ほどきをうけ、今では各地の”そば打ち教室”で先生もしている名人です。
森修一さんは、そばを打つだけでなく写真もとてもお上手で、是非blogもりそばにも寄ってみてください。
   101231 001
今年のそばは、そば粉が2種類でした。
右側が、唐津の相知町(おうちちょう)でそば打ち仲間の方たちと栽培して収穫した十割そばです。相知町というのは、日本棚田百選に選ばれた蕨野(わらびの)の棚田で有名ですが、そばつくりにも適しているのでしょう。 左のそば粉は、これはすごい全国的に有名なそばの里 幌加内産の新そばでした。
   101231 005
うーむ、これは夜まで待ったら味がおちるぜよ、、、、!
と勝手な理由で、早速二人だけの”もりそばパーティ”となったのであります。
”もりそば”さんは、ありがたいことに自家製のそばつゆもつけてくれているのですが、今年は薬味のねぎもわさびも使わないで、生七味を使ってみました。オー!大正解。そばは、相知町産十割がやや細めでいくらでも食べれそうな口当たりのよさと、喉越しの爽やか感、幌加内産新そばはやや太めですが、しっかりとした腰があり、コレゾ蕎麦なり、という食感で、本当においしくいただきました。
まちろん、飲み物は焼酎の蕎麦湯割り、つまみには、これも絶品の”もりそば 特製揚げ蕎麦”。
「魚が大好きだから魚屋に生まれたかった」、の次は親戚にそばうち名人がいる、というのも幸せの条件のひとつ、と思ってしまった大晦日の午後です。
   101231 006
関連記事

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

No title

もりそばです。そば喜んでいただけて光栄です。
年越しそばの始まりは博多にあり・・・ご存知ですか?
鎌倉時代、博多の町が飢饉に見舞われ、年を越すのも危ぶまれていた時、櫛田神社の近くに居を構えていた南宋の豪商謝国明が、蔵の扉を開き、町の人々にそば(そばがゆ)を振舞ったそうです。
その翌年博多の港には中国からの船団が次々と来航し博多の町は大そう賑わったそうです。
このようなことから、年の暮れにそばを食べると運が向くとといわれ、年越しそばの由来になったそうです。
博多では、古来年越しそばのことを”運そば”と呼んでいます。
暮れになると蕎麦屋さんの店頭に”運そば予約承ります”という張り紙を見かけますね。
カレンダー
06 | 2017/07 | 08
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31 - - - - -
twitter
hakapabaフォローよろしく。
アクセスカウンター
累計: 検索エンジン登録
本日: SEO対策
昨日: メール配信

アクセスアップ
カテゴリ
最新記事
最新コメント
月別アーカイブ
リンク
プロフィール

hakapaba

Author:hakapaba
◆小倉で生まれて、小学校と大学は東京。
大阪で17年、東京で17年、広告会社の営業一筋。
07年夏から博多住まい、2011年6月退社し、家人の実家の医療法人の経営を手伝い、2015年4月から年金生活へ。。自宅は福岡市の西、唐津に近い糸島市福吉。海まで3分、山も近く、水も豊か。昭和7年建築の古民家を改装して、愛犬2匹とEnjyoy Country Lifeです。

人は心を一つにできたら、想像以上の成果がでると信じています。

北風よりも太陽が好き。

■モットーは

Something New にチャレンジ

◇もっと詳しく、興味あるひとは
カテゴリー「人」へどうぞ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる