冬の小鳥

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成人の日の僕たちの映画デー、2本目は「冬の小鳥」でした。
まず、この作品を推薦してくれたAさん、ありがとうございました。
あなたが言ってた、「年間ベスト映画」という形容詞は、僕もまったく同感でした。
この作品を見のがしてしまったら、僕と家人の映画blogが、非常にみじめなものになったと思います。
すごい作品でした。
映画という”商業エンターテイメント”の世界で、これほどに印象に残り、僕に考えるヒントをもらえた作品は今までありませんでした。
もし可能ならば、文部科学省推薦で全国の小・中学生にみてもらいたい、そして観終わって友達と語り合って欲しい、そう思う作品でした。
監督・脚本はウニー・ルコント、自伝的作品です。今まで、まったく知りませんでしたが、韓国で生まれ児童養護施設で育ち、フランス人夫婦の養女になったそうです。この方の感受性というか感性は、きっときっと非凡なものがあると確信します。次の仕事がすごく楽しみで、興味がでてきました。
そして、主役ジニ役の子役キム・セロンのカミソリのように鋭く、尖った”メジカラ”と、父親への絶対的で盲目的な信頼、それが裏切られていくことでの心の内面の表現(脚本と演技)は見事でした。 ホントにスゴイ!!
養護施設の庭で見つけた”傷ついた小鳥”を内緒で育てる子供たち、いじましい虎児たちの気持ちとともに、死んでしまった小鳥の墓を、改めて掘り返して、さらに大きく深く広く土を掘るジニ。映画では、何をするのか、と一瞬疑問に思うのですが、数分後には「そうか自分の墓を掘ってるんだ」と気づかされた瞬間に、監督ウニー・ルコントが伝えたかったことを、僕は「ハッ!」と気づいたように思えました。
時代的には1970年代の韓国、南北に分断され、戦争状態(停戦中ですが)がつづいていた時代です。親との死別、親との生き別れ、それぞれの過去を持ちながらも、不幸な子供たちが、必死に一生懸命生きていた、そして幸せを求めていた。
「冬の小鳥」というタイトルもいい、主人公ジニが、最後はもらわれてフランスへ”たった一人で”旅立っていく。
きっとパリでしょうが、空港の到着ロビーで沢山の”楽しそうな”出会いが周囲にあるなか、首からタグを下げたジニが緊張しながらも、キリットした目でまっすぐ前を向いて歩いていく、本当にすごい映画でした。
韓国映画ですから言葉はもちろん韓国語ですが、施設の女の子が夜秘かに布団で遊ぶのが、「花札」ということに驚くとととに、「ヤクソク」の発音が日本語の「約束」と同じ意味でつかわれていたり、数字の読み方にも日本語似ていたり、戦前からの日本との不幸な関係を感じる映画でもありました。
最後にパンフレットを読んでいて、アレッと思った名前を見つけました。ライターの佐藤友紀さんという名前です。どこかで、と改めて古い名刺ファイルを探して「企画・制作 四谷事務所 佐藤友紀」を見つけました。僕が”キングコング”を使ったキャンペーンを仕掛けていたころ、約30年ほど前でしょうか、何度か打ち合わせをしていました。インターネットで検索し、間違いなく、僕に”ブリキの太鼓”を絶賛していた、現在はフリーライター 佐藤友紀さんでした。
いつか、どこかで再会できたらいいな、なんてこともあった”絶賛 冬の小鳥」でした。
是非、観てください。感激しますよ。

 

  満点評価

ストーリー・脚本2020
演出2020
映像(美・先進・驚異)1010
音楽(オリジナル・編曲・歌手)1010
配役(主演・助演含む)2020
Pabaroの独断評価2020
  100100

 


PS:先日来、日本では児童養護施設などへのタイガーマスク・伊達直人などからのランドセル他のプレゼントがニュースになっていますが、いいことではあります。一種の模倣犯(表現がよくないね)的行為が、全国で発生しているようです。「冬の小鳥」を観たあとでは、なんだかいかにも”日本的”と感じてしまいます。この作品を作りだした韓国の歴史と文化を考えた時、これだけの映画は日本人にはなかなか作れないと、一人で考えこんでしまいます。
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◆小倉で生まれて、小学校と大学は東京。
大阪で17年、東京で17年、広告会社の営業一筋。
07年夏から博多住まい、2011年6月退社し、家人の実家の医療法人の経営を手伝い、2015年4月から年金生活へ。。自宅は福岡市の西、唐津に近い糸島市福吉。海まで3分、山も近く、水も豊か。昭和7年建築の古民家を改装して、愛犬2匹とEnjyoy Country Lifeです。

人は心を一つにできたら、想像以上の成果がでると信じています。

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