二丈町忠霊塔

IMG_1944_convert_20130604120006.jpg今は「二丈町」はありません。

前原市と二丈町、志摩町が合併して糸島市となり、僕の住所

は糸島市二丈吉井と変わったようです。

でも二丈町時代に作った忠霊塔はそのまま残っています。

ナイルとの朝ランで、初めてその忠霊塔に出かけてみました。

福岡から唐津に至る国道202号線の北側、福吉漁港を見下ろ

す小高い丘に木々に囲まれてありました。

■忠霊塔で思ったこと■

ジローズの名曲、「戦争を知らない子供たち」を、自然と口ずさんでいました。

「戦争を知らずに僕らは生まれた、戦争を知らずに僕らは育った、、、

ララララー、ララララ、・・・・」



町内の清掃当番に“忠霊塔”があるのですが、参加したことはありません。

忠霊塔が全国で何期あるのか知りませんが、おおよその行政区にあるの

ではないでしょうか。

二丈町とある忠霊塔の紹介盤の文章を一読して、そこに書かれている内容に

正直感激しました。読んでいて素直な気持ちになり、これこそが戦争で

亡くなった方々へのフラットな慰霊の気持ちだと感じました。

戦争は国と国の戦いであり、20世紀の戦争に、二丈町から出征して

戻ることのなかった方々の氏名を記載し、冥福を祈り、末永い世界平和を願う。

その記念碑としてこの忠霊塔を建立した、と書かれています。



そして思ったのです。

どうして「靖国神社」でなければならないのか?

忠霊塔には全く宗教的表現はなく、フラットで平等で、すごく“いい”と

思いました。靖国神社、これは一つの宗教でしょう。日本人はすべて神教、

という考え方には、戦争を知らない僕には、どうしても“政治的で”

“やっぱ大日本帝国的”で、どうしてもな共感、納得できません。

本当は”忠霊”という言葉もあまりいいとは思えません。英霊とか合祀とか、

どうも宗教的匂いが強く感じられてしまいます。

靖国神社に代わる「戦没者慰霊の碑」がどうして具体的にすすまないのか、

なんかきな臭い匂いを感じてしまいます。

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◆小倉で生まれて、小学校と大学は東京。
大阪で17年、東京で17年、広告会社の営業一筋。
07年夏から博多住まい、2011年6月退社し、家人の実家の医療法人の経営を手伝い、2015年4月から年金生活へ。。自宅は福岡市の西、唐津に近い糸島市福吉。海まで3分、山も近く、水も豊か。昭和7年建築の古民家を改装して、愛犬2匹とEnjyoy Country Lifeです。

人は心を一つにできたら、想像以上の成果がでると信じています。

北風よりも太陽が好き。

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